赤身番長を磨く

 ウチモモとは、腰骨の内側についている部位で、最も赤身の部位だ。お肉屋さんでは、すき焼きや焼肉、そしてローストビーフなどに供される。

 比較的大きな塊が取れる部位だが、同じ塊肉の中に繊維質な場所から柔らかい場所まで、特性の異なる面白い部位だ。特徴を捉え、活かして製品化する技術の必要な部位でもある。

 モモ肉の中で一番ドリップ(自由水)が出る部位で、火入れにコツがいる。

ドリップについて少し補足しておくと、ドリップ(自由水)とは判りやすく説明すれば、細胞内を自由に動いている水だ。反対に、結合水というものがあり、これはしっかりと細胞内で結びついており、簡単に動けない。この動く水、動かない水はとても大事で、品質に直結する。

 結合水が多い部位、品質の良い肉は時間の経過や加熱に対し耐性があり、簡単には水を失わない。ここでいう水とは、肉中の水分であり失ってしまった肉はパサパサになってしまう。適切な調理が施された肉を、噛むと肉中の細胞が壊れ、その際に肉汁が流れる事は、美味しいを形作る重要な要素である。

 つまり時間経過に強く(熟成結果に直結・経時変化)、加熱に強い部位や品質を持つ肉を目利きで見極め、仕入れる事はお肉屋さんの仕事の中でも重要な取り組みの1つだが、品質の高い肉でも部位により差がある。特にウチモモは繊維質な部位な上、自由水が多い。ドリップ処理をしつつ、水分が抜け過ぎないようにコントロールしながら熟成させ、繊維をほぐさなければ良さが出てこない。

 この調湿しながら熟成のコントロールをする、という行為を経たものだけがうらい品質のウチモモとなる。その期間、1か月以上。繊維質な肉質は、しっとりとした肉質へと変わり、噛むほどに味が、肉汁が出てくるウチモモへと変貌している。これが肉屋の技術だ。

 さて、そのウチモモの筋引き解説を著しておく。

筋引き解説

 ウチモモは、体表面側の脂が付いている面から処理する。この際、内側はまな板に接している訳だが、ここで早速ポイントがある。まな板は清潔にしておくことは至極無論当然の事であるが、ウチモモに限らず、また余り意識していない点がある。それはまな板の温度は意外と高いという点である。

 調理以外で、肉を昇温させることは良い事が1つもない。温度が上がれば菌の増殖や、肉の蛋白質が変性し、熟成に悪影響を与える。そこで捌き(脱骨)から筋引き(肉磨き)中の昇温する要素を出来る限り排除しておく必要がある。まな板の温度に気を配り、室温を下げる事は勿論だが、まな板との接地面を出来る限り減らしたり、設置時間を短くするなどの工夫が必要である。特に昇温により、色の復元が難しくなる部位があるので、適切な対策を行わないと製品の賞味期限が想定と異なったり、

 もう一点、注意するべきポイントは、肉が骨と接していた面についてだ。この注意点はウチモモの場合、腰骨と接している面と、丸骨と一部接している面になる訳だが、この面をまな板に接しながら仕事を行う事も余り宜しくない。何故かというと、この面は菌が多くまだ汚染されていない部分にまで広がり熟成に悪影響を及ぼすからだ。もう一点、内臓を包んでいた膜に面している部位も同じように注意すると良い。これはロースやバラを処理する際に重要だ。

 

 これらの注意点に気を配りつつ、良い筋引きを行うには出来る限り早く処理を終わらせることが大切となる。そこで、

・まな板に肉を置く際、向きを考えながら置く。

・手順を決め、左側ならここから、右側ならここからという流れを作る。良い仕事はリズムが大切。

・紙などで肉が直接まな板に接さない様に隔てる。

 このような工夫を凝らし、肉がもつ品質を更に高める、引き出すことが職人には求められている。

 前置きが長くなってしまったが、重要な事なので敢えて書いておいた。

 今回の開設は、全ての脂を取り除き、大きく3分割で赤身にするやり方であるが、体表面側の脂を残す場合でも参考になるだろう。

 ウチモモは体表面側から処理を行う。薄い面を手前側に置き、表面の脂を処理していく。脂の処理は脂の下にある、甘皮との境目を意識しながら、包丁の真ん中から根元側の、力が伝わりやすくコントロールしやすい部分を活かして行うと美しく、かつ素早く脂の処理が出来る。剥がしていく順番は、頂点部分の最も分厚い場所から繊維方向に対し直角に包丁を入れていき、薄い場所に移っていく。脂の処理は段差部分などの細かい部分は連続性を意識して、その面での作業が終わりなら最後まで丁寧に、後ほど剥がしたりする連続性があるのであれば、次の仕事がやり易くなるよう、包丁の入れ具合を調整しながら行う。

 具体的には、ヒラカワと呼ばれている部分を剥がしやすくする為であるが、脂はあくまでウチモモ本体側に付けておくことと、ヒラカワ四隅の直線をしっかりと起こしておく事。この細かい作業の連続がやがて1つに繋がり、美しい仕事へ昇華するのだ。

 体表面側の脂を除き終えたら、次は裏返してスジを引いていく。今度は厚みのある腰骨側が自分側となる。筋引きにおける基本となる順番は、

⑴脂を剥がし、

⑵甘皮を引く

⑶スジを引く

※太いもしくは厚い方から薄い、細い方へ

これが基本。オプションとなる、小肉類は処理している面の最後で取り外すのも重要だ。小肉とは、例えばウチモモなら腰骨から切開されたメガネの残り半分部分や、マルカワに乗っかかる状態の通称ミミと呼ばれている部分の事。これらの取り外しは初期に行うと、余分な脂などが小肉に乗り、後ほど処理しずらくなるので最後が良い。大きな塊に対し入れる包丁と、小さな肉に対し入れる包丁の、仕事の捗り具合は推し量る必要もないだろう。

 裏側の筋引き最後に中心より少しずれた場所にある、血管は取り除いておこう。ここを残して熟成させると、間違いなく変色する。除去したい血管は内部にあるので、血管まで到達する程度に繊維方向と直角に包丁をいれ、血管と共に余分な脂や筋も取り除いておく。

 次にコヒラと呼ばれている、ウチモモで最も柔らかい場所を外していく。ここで表側に返し、ヒラカワと呼ばれている、薄い場所から厚い場所に向けて剥がしていき最後にコヒラを分離する方法が一般的だと思われるが、私は裏側から包丁を入れ、コヒラが完全に外れる辺りギリギリまでスジに沿って分離していき、ウチモモ本体との剥がれる寸前辺りにウチモモの本体側に筋肉の脂を全て載せるようにしながら包丁を入れ、剥がすようにしている。これは後の脂を剥がす作業を大きな塊側で行う為と、ヒラカワの筋に傷をつけないで置く事で、作業性を高めるためだ。上記写真だと左側からという事になる。

 

 その後、表側面にひっくり返し、ヒラカワの薄い場所、ウチモモ本体の最も厚みのある場所から包丁を入れ剥がしていくのだが、ここでも脂は本体側に残す事を意識する。ここで思い出して欲しいのが、ヒラカワを剥がしていく作業が、裏側の筋を引く際に行った、細かい作業と繋がり美しく分離する理となる。ヒラカワを剥がし終えたら、先にウチモモ本体の仕上げを行う。ヒラカワを外して露になった表面の脂を、繊維方向に対し直角に包丁を入れていき、脂を剥がす。体表面に対し行った技術がここでも役立つ。

 これでウチモモ本体が完成。ヒラカワの処理へ移行する。

 先ほどまでの手順を踏めば、ヒラカワの内側に脂はほとんど残っておらず、あっても少量しかない。そして、本体側に脂を寄せながら剥がす事で、スジと脂が分離し始めており、この程度の結着であれば包丁で扱くよりもスプーンなどの刃の付いていない金属(包丁の背でも良いが危ない)で脂をこそげば落ちる。後はアマカワ⇒スジと引いていくのだが、ヒラカワは薄く、気を抜いて包丁を入れると必ず肉がついてしまう。そこで厚みのある方から、薄い方へ向かって包丁を入れるのだが、薄い場所に入る辺りから力を抜き、包丁の角度を逆に広げ、刃の接地面を多くしながら、包丁自体の切れ味、鋭さにスジの起き具合を任せながら引いていく。この時の刃の角度は、基本より少しだけ鈍角に入れる。そして、包丁を動かす手は、大きく動かす事を意識する。良い仕事とは、手数が少ない。動きに無駄が無い。

 この方法は感覚的で説明が難しいが、ヒラカワのスジに肉を付けずに筋引き出来る方なら共感できるだろう。余り解説に感覚的な話は持ち込みたくないのだが、この方法を習得すると肉が裂けずにスジも大きく、美しく引けるだろう。下図の写真を参考にして欲しい。スジの残りがちな、端まで綺麗に引けている事がお解りになるだろう。

 ヒラカワの最後にコヒラを分離する。間についているスジはコヒラ側に寄せておく。ヒラカワ側に残す方法を何度も試したが、コヒラ側の方が作業性が良かった。

 コニク類も気を抜かず仕上げよう。このコニク達は、切り落とし材になったり焼肉にしたりと大活躍する。こういった部分の活かし方も、利益に直結すると思い、仕上げていこう。

 以上、ウチモモの筋引き解説でした。いずれか、この投稿を見て感動しました!なんて感想を頂けたら幸いです(笑)

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