モモ肉随一(?)の磨き甲斐

 筋引き(肉磨き)技術の伝承には時間がかかる。まず、説明出来なければ伝わらないし、言葉にするには自身がそれを良く理解しておく必要がある。出来る、と伝えれるは少し違った技術が必要だと私は思っている。そこでブログに書き示し、伝えるの練習と、教えたものと教えられたもの双方が、復習を出来るように整えておく事とした。

 何より、私自身がまだまだ道の途中ではあるものの、こういった技術の伝承は教える側が圧倒的に有利だ。一説によれば、教わったものはその1割を理解して、実践できるようになれば良しであるのに対し、教える側はその数倍の経験値を得る事が出来るという話だそうだ。これはやらない手は無い。

ソトヒラとは?

 ソトヒラは牛肉の部位の中で、硬く安価な部位だ。これより硬く安い部位はスネ肉(チマキ)及び肩バラ(ブリスケ)ぐらいだろう。このソトヒラを上手く活用する事が、枝肉を取り扱う際の重要な要素であり、更に利益の確保や製品の幅を持たせる事が出来る。低価値な部位に技術を加える事で、付加価値を与え生産性を高める、職人の腕の見せ所となる。

 牛肉のモモは大きく4つの部位に分割される。ソトヒラはラムイチと繋がっており、上記の写真はイチボと分割した切断面である。

 ソトヒラとは、以下の部位が集まった総称であり、どこまで細分化するかは各企業の取り組みにより異なるが、和牛うらいではソトヒラ本体を丸引き(姿かたちを活かした状態)で磨きを行い、ハバキは外して分割する。

⑴イチボ

⑵シキンボ(シキンボウ・マクラ)

⑶ナカシキ

⑷ハバキ

⑸センボン(センボンスジ)

 スジを引く順番は、上記の写真の左側から、時計回りに順を追って引いていく。途中、太いスジがあり、これは肉と一部繋がっていて単純に引いてしまうと大量の肉を付けてしまうので注意が必要だ。

 ソトヒラの筋引きは左右の別により始発点は異なるが、この場合(左側)の始発点はシキンボの一番奥側から始め、手前側まで引く。このスジは通常の銀色をしているスジと異なり、薄い膜型のスジで私たちはアマスジと呼んでいるが、繊維方向に沿って引くよりも、繊維方向と90度の交差する方向に包丁を入れて一度に5cm程度ずつ進めていく方が美しく仕上がる。この際にシキンボの表面を包丁の背等を使い凹凸のないように表面を滑らかな状態にしておくことが、肉を付けずにスジを引くコツとなる。

 奥側から手前に進むのは身体の構造上、自然な流れになる。身体から離れていく動きよりも、近づいてくる動きの方がコントロールしやすく、美しいスジ引きが可能だ。脇が開いて身体から遠ざかる動きをしながら、包丁をコントロールする動きは熟練工でも相当に難しい動きになってしまう。楽な姿勢で自然な手の動きを意識するのは、各部位に対する肉磨きの基本姿勢である。

 シキンボが終われば、次はシキンボの先端とイチボの間にある窪んだ部分の処理だ。捌きの際にここに無駄な肉が付く場合が多いが、その際はついているウチモモの肉を包丁でそぎ落とし、脂を取る。脂を取る際にも、脂の下にあるスジの繊維方向を意識しながら取る事が重要だ。この際の動きは繊維方向の太い方から細い方へ包丁を角度を併せて動かし、スジの上についている余分な脂をしごき落とす。この際に繊維方向や角度に注意しておかないと、下の肉を傷つけてしまうので注意が必要だ。

 イチボの最側面は、脂をこそげ落としてから筋を引き、シキンボの境目までとする。ここを割るとスライス肉にした際の見栄えに関わるので留意する。次に上部の余分な脂を落とす。かなりの量が付いている場合が多いので、下のスジとの境目を意識しながら包丁を使い起こすと、一度に多くとれるので早い処理が可能だ。この時、捌きの際にラム芯を起こさずにカットしていると残っている場合がある。ラム芯と言えど、最端部は固いのでミンチ肉程度にしかならないが、こういった細かい部分も捌きの際にはこだわって取り組んでおきたい場面だ。

 少し話は逸れるが、捌きからスジ引きの連動はとても重要だ。近年では分業が進み、自社で脱骨作業を行っている企業は少なくなったせいで、この連動が途切れている。捌きは大手メーカーや卸売業者の仕事となってしまい、小売りや飲食の仕事を知らずに行うので、骨を取る事だけに注力してしまい、その後の仕事がどういう流れになっているかを考えながら、捌きを行う事業者や職人も少なくなってしまった。良い捌きは良いスジ引きへ繋がる。和牛うらいでは、こういった点も考慮しながら捌きを行う。

 次にイチボの側面にあるスジを引く。このスジはモモ肉のなかで最も太い筋で、この処理は一見簡単そうだがそうではない。肉に一部固着している場合が多く、気にせずに包丁をいれると大量の肉を付けたスジ引きになってしまう。ソトヒラの左側であれば、まず上部から太い筋に対して半分だけ包丁を入れる。そのままスジを平行に半分だけを意識しながら最後まで引く。その後、包丁を持ち換え、太い方から逆に包丁を入れて残り半分を切り離す。

 

 上記2枚の写真はその太い筋がある場所の接写と全体像だ。写真だとした側が始発点、ここをスジの上からと下から半分ずつ包丁を入れて太い筋を分離する。接写面を見て頂くとお解りだと思うが、スジはとれているが筋肉部分についている薄い膜は残っている。この状態を意識して作っていかないと、雌牛は特に表面が直ぐに変色してしまう。

 次に裏返して体表側の脂を整える。ハバキを外して行うと不安定な形になるのでここで整形を行っておくことが重要だ。成型が終われば、ハバキを外す。ハバキを外す際に注意したいのは出来る限り脂をソトヒラ側に付ける事。ハバキに付けて取り外すと、小さな塊になったハバキから脂を取る作業が発生する。こういった作業は大きい塊に対して行う方が、美しく正確に行えるので、分割スペックをする際の留意点と覚えておくと良い。

 ハバキを外してソトヒラに残った脂とスジを処理する。こういった肉の塊から脂を引きはがす際は、境目を意識しておく事が重要だ。この包丁の入れ方で、下にあるスジを引く際に連動する。強引に引き剝がすのはご法度。次の一手へと繋がる、連動性が大切だ。

 脂の塊を外したら、ナカシキのスジを引く。この時のナカシキは薄くなっており、さらに若干窪んでいるので、まな板の角等を利用しながら、支えてスジを引きやすくする工夫をすると良い。このナカシキの処理は難しく、納得のいくスジ引きを行うためには相当な修練が必要になる。薄くなっている場所、支えの無い場所にあるスジを美しく引くコツは、包丁を強く握らずにしなやかに動かす事、表面を出来る限り整えて凹凸の無い状態にする事、肉が昇温により柔らかくなる前にその場所に到達する事などが挙げられる。

ナカシキが終われば次はハバキのスジ引きだ。ハバキの周りに残っている余分な脂をこそげ落とし、スジを露にする。スジ引きの基本になる順番は、

⑴脂を繊維方向を意識しながら取る

⑵アマスジを取る

⑶細いスジを取る

⑷太いスジを取る

この順番で私たちは加工する。ハバキも同じだ。ハバキの表面をどちらも引けたら、センボンスジに合わせて開いていく。センボンスジは一部ハバキとスジで繋がっており、この際にセンボンスジ側のスジに併せて繊維方向の太い方から細い方に進むと、ハバキを傷つけないで進む事が出来る。

ハバキは柔らかいので、特に開いてからのスジ引きは手早く行わないと肉が昇温してしまい、スジが引きにくくなるので、練習あるのみだ。開けてセンボンスジを取りはずしたら、表面を整えハバキを分離しよう。この時に角度に注意しないと柔らかいハバキが裂けてしまう。一度裂けると当然、色変わりが早くなるので丁寧にかつ、迅速に処理する。

センボンスジの使い道や、処理の仕方は様々だと思うが、今回は表面の処理のみとした。センボンスジの表面にあるスジは、内部のスジと断続的に繋がっており、表面のみを美しく引くにはコツがいる。筋がそれぞれ繋がっている幅を意識しながら、一刀で切り離していく事を意識すると上手く行く。

最後の写真4枚は、ソトヒラ・ハバキ・センボンスジの引き筋を並べた。出来る限り肉を付けず、かつ肉側にも包丁傷をつけない様に処理出来るようになると、こういったスジが並べられる。スジも大きく取る事を意識しないとダメだ。小さなスジや肉片になってしまえば、付加価値を付ける事は難しくなる。これを実現する為には、包丁を動かす際の動きを出来る限り大きく動かす事だ。速く、正確に、大きく包丁をコントロール出来るようになるまでにはそれ相応の修練が必要だが、私は更に上を目指している。

以上、活字をメインでソトヒラのスジ引き解説を行ってみた。活字だけで伝えるのは難しいなぁ(笑)

最後までお付き合い頂き本当にありがとうございました。

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