神河の山で毎年採取する天然山椒の魅力を、お肉屋さんの店長で猟師が解説。
花山椒(4〜5月)から未完熟の実(6月〜梅雨中頃)まで、それぞれの風味の違いと
佃煮・山椒醤油・実山椒の冷凍保存まで詳しく紹介。朝倉山椒との違いやサンショオールの正体も。
山椒は小粒でぴりりと辛い——
そのことわざが体に染みついたのは
神河の山で初めて天然の山椒と出会ってからだ
登山の帰り道に気づいた。足元に落ちている小さな緑の粒。
踏みかけて立ち止まり、指でつまんで鼻に近づけると、
あの独特の、刺さるような青い香りが一気に広がった。
見上げると、細い枝にびっしりと小さな実がついている。
これが天然山椒との、初めての出会いであった。
兵庫の山には、天然の山椒がよく育っている。
急峻な斜面、沢沿いの岩場、林道の脇。
誰にも管理されていない山椒の木が、ひっそりと毎年花を咲かせ、実を結ぶ。
それを探して収穫するのが、今や春から梅雨にかけての私の楽しみになっている。
神河の山と天然山椒 ― なぜここの品質が高いのか
神河町は兵庫県の中央部、標高1000m級の山々に囲まれた地域だ。
砥峰高原や峯山高原、笠形山が有名で、山好きには知られた場所だが、
食材の宝庫でもある。名水が6か所以上湧き出していて、山の保水力が高い。
その水と、ミネラル豊富な山の土壌が、山椒の品質に直結していると
私は思っている。天然の山椒は栽培品と違って、水やりも肥料もない。
土の力と雨だけで育つ。だからこそ、香りの成分が凝縮される。
同じ「山椒」でも、神河で採ったものを一粒かじると、その差は明らかだ。
🌿 兵庫の山椒ブランドと天然もの
兵庫には「朝倉山椒」(養父市八鹿町朝倉産、江戸幕府への献上品の歴史を持つ)や
「ぴりはりま」(播磨地方の有機栽培山椒)といった有名ブランドがある。
それらは品質管理された栽培品だが、神河の山中に自生する天然ものは
「管理されていない」ことが強みだ。野性味のある鋭い香りと辛み
——それは栽培では出しにくい個性だと思っている。
花から実へ ― 山椒の一年を追いかける
山椒のすごいところは、一本の木から季節を追うごとに、違う楽しみが得られることだ。
葉(木の芽)、花、実と、それぞれに表情が違う
。私が特に重点を置いているのは、花が咲く時期から梅雨の中頃まで
——つまり「未完熟の実」が充実するまでの期間だ。
葉
3月下旬〜4月上旬
木の芽(若葉)
山椒の若芽。辛みはほぼなく、爽やかな香りが特徴。
手のひらでたたくと香りが立つ。木の芽和え・吸い物に。神河の山では雪解けとほぼ同時に芽吹き
始め、タケノコ(孟宗竹)の旬とちょうど重なっている。
花
4月下旬〜5月上旬
花山椒(雄花のつぼみ)
黄色い小花が咲く直前の蕾が最も香り高い。
辛みは控えめで、上品な風味。市場に出回る期間は1〜3週間と極めて短いが、
天然物の収穫期は更に短い。天ぷら・吸い物・佃煮に。
実
5月中旬〜6月下旬(梅雨中頃)
未完熟の実山椒【私の本命】
緑色の硬い実。香りと辛みが最も強く、サンショオールが充実している。
かじると口の中で爆発するような清涼感と痺れ。この時期が私の山椒仕事のピークだ。
秋
9月〜10月
割山椒(完熟・粉山椒の原料)
赤く熟して皮がはじける。乾燥させて石臼で挽くと自家製粉山椒に。
芳醇な香りが凝縮されていて、市販品とは別物の旨さ。
この中で、私が特にこだわっているのが「未完熟の実」の時期だ。
専門家の言葉を借りれば、実山椒の香りと辛みが最もピークに達するのがこの頃。
花の優しさと、完熟の丸みの間にある、鋭くて野性的な味。あれは、一度経験すると忘れられない。
なお、花も未完熟の実も、完熟も全て愉しむには、1本の木から収穫する量を考えながら
行わなければならない。天然物は、一度衰退させてしまうと回復が困難な場合が多く、
取り過ぎは禁物だ。まさしく、山の恵みをお裾分けして頂く感覚で付き合おう。
サンショオールという名の正体
山椒の「あのしびれ」には名前がある。サンショオールという成分に由来する。
唐辛子のカプサイシンとは性質が違う。熱くなるのではなく、ご存知の通り
舌がじんじんとしびれる。
そして、そのしびれが引いた後に、爽やかな香りが広がる。
あの二段構えの感覚が山椒の魅力の核心だと思う。
未完熟の実には、このサンショオールが最も豊富に含まれている。
完熟するにつれて成分のバランスが変わり、香りは増すが辛みは変質する。
だから、「ピリリとしびれる」山椒の醍醐味を楽しみたいなら、
未完熟のうちに収穫するのが正解なのだ。
なお、完熟を繰り返す事は木へのストレスとなるらしい。
大きな木が少ないのは、こういった性質が関わっているのかもしれない。
低木であることに変わりはないが、新陳代謝が活発に行われている証だろう。
山椒
さんしょう / ジャパニーズペッパー
縄文時代の土器から山椒の実が見つかっている——
それは、日本最古のスパイスとも呼ばれるゆえんだ。
海外では「Japanese Pepper」と呼ばれ、
ハーブの一種として認識されていて、近年の日本食ブームを契機として輸出も増えているそうだ。
採取の記録 ― 神河の山での見つけ方
山椒の木を見つけるには、少しコツがいる。
葉が小さく、幹が細い。枝には鋭いトゲが対になってついているのが特徴だ。
登山道の脇などよりも、少し奥に入った日当たりの良い斜面、特に水場、岩場の近くに多い印象がある。
私が見つけた時の手がかりは、地面に落ちていた実を、偶然潰したことによるが、
そういった生えている地形を地図などから読めるようになれば、
——山椒の「ここにいるよ」というサインを読む事が出来るようになるはずだ。
日当たり、水場、岩場、林の周縁部、この辺りがキーワードだろう。
見つける場所
日当たりの良い山腹
岩場・沢沿いの斜面
林道から少し外れた所
見分けのポイント
対になったトゲ
羽状複葉(小葉が多数)
葉・実の独特の香り
収穫のタイミング
花:4月下旬〜5月
実:5月中旬〜梅雨中頃
実が硬く緑色のうちに
採取の心得
全部取らない
トゲに注意
落ちた実は土に還す
私の山椒仕事 ― 3つの加工レシピ
採ってきた山椒をどう使うか。これがまた楽しい。
花山椒と実山椒では、向いている料理が変わってくる。
私が毎年必ず仕込む3つを紹介する。
◆ 花山椒の佃煮(春限定、一番好きな仕事)
花山椒 150g醤油 大さじ4みりん 大さじ2 / 酒 大さじ4
- 花山椒は太い軸と大きな葉を取り除き、水洗いしてしっかり水気を切る。
- 鍋に花山椒・醤油・みりん・酒を入れ、中火にかける。
- 沸騰したら弱火に落とし、汁気がほぼなくなるまで炊く(15〜20分)。
- 冷ましてから密閉容器へ。冷蔵で5日、冷凍で1ヶ月保存可能。
炊き上がりは元の量の約1/10に。
豆腐の薬味・炊き込みご飯の具・ちらし寿司に最高。
花山椒の優しい香りが料理全体をやさしく包む。
あとは、各種鍋の薬味として使うのも最高だ。
◆ 実山椒の醤油漬け(冷蔵庫の万能薬)
実山椒(下処理済み) 100g醤油 100mlみりん 大さじ2(煮切り)
- 実山椒を枝から外し、熱湯で2〜3分茹でる。
- 冷水にとり、2〜4時間さらしてアクと辛みを調整する(時々味見する)。
- 水気をしっかり拭き取る(ここが重要)。
- 煮切ったみりんと醤油を合わせ、消毒した瓶に山椒と注ぎ入れる。
- 冷蔵庫で一晩置けば完成。翌日から食べられる。
冷蔵で2週間持つ。卵かけご飯・冷や奴・パスタ・肉料理の薬味に。
ぴりっとした辛みが食欲を呼び覚ます。
◆ 実山椒の冷凍保存(一年分の山椒を確保する)
- 実を枝から外し、熱湯で2分茹でる(色が鮮やかになったら引き上げる)。
- 冷水にとって冷まし、水気をしっかり拭き取る。
- 使いやすい量(大さじ1程度)ずつラップで小分けにして包む。
- フリーザーバッグに入れ、冷凍庫へ。1年間保存可能。
使うときは凍ったまま鍋へ。
ちりめん山椒・煮魚・炊き込みご飯・ぬか床の風味付けに一年中使える。
梅雨の収穫を冬まで楽しむ事が出来る。
花椒(ホアジャオ)との違い ― 混同しがちだが別物
山椒ブームの波に乗って、よく混同されるのが花椒(ホアジャオ)だ。
麻婆豆腐や担々麺のあのビリビリ感。あれは日本の山椒とは別の植物だそうだ。
| 項目 | 日本の山椒 | 花椒(ホアジャオ) |
|---|---|---|
| 科・属 | ミカン科サンショウ属 | ミカン科サンショウ属(同属異種) |
| 原産 | 日本・東アジア | 中国(四川省など) |
| 辛みの質 | ピリッ→清涼感のある香り | 強烈なビリビリ感(麻痺感) |
| 香りの特徴 | 柑橘系・爽やか | スパイシー・強烈 |
| 主な用途 | うなぎ・ちりめん・佃煮・木の芽 | 麻婆豆腐・担々麺・花椒油 |
どちらも魅力的だが、神河の山でとれる天然の日本山椒には、
四川料理の花椒とは違う繊細さがある。
あの、かじった瞬間に広がる柑橘系の香り——
それは、日本の山と水が育てたものにしか出せない味だと思っている。
登山と天然素材採集 ― 山が「地図」になる感覚
登山を始めたのと、天然素材に興味を持ったのは、ほぼ同時だった。
小学生のころ、師匠と山を歩きながら、徹底的に教わった。
そして、自分が料理の仕事を経て、猟師となり山へ入るようになって、
更に見えてくるようになった。
ただ登山道を歩くのではなく、
「ここに山椒がある」
「あの沢の近くにコシアブラが出る」
「あの伐採跡にタラの芽が生える」
という情報が積み重なっていく。
そうなると、山の地図が自分の中で書き直されていく感覚がある。
等高線の地図ではなく、恵みの場所が描かれた地図。
神河の山にも、私だけが知っている山椒のポイントがいくつかある。
毎年同じ場所に会いに行く。木が元気かどうか確認する。それだけのことが、妙に嬉しい。
猟師として動物の痕跡を読むように、山菜・木の実・山椒の場所を読む。
同じスキルが、違う楽しみにつながっていく。
山への造詣が深くなるほど、季節がどんどん豊かになっている気がしている。
なお、猟師目線で山の幸を語るとなれば、ツキノワグマは忘れる事が出来ない。
彼らは、私たちよりも遥かに山の恵み、旬を知っている。
美味しい食べ物の場所と、時期を正確に理解しており、山間部でのその競合が、
昨今の事故を招いている気がして止まない。
彼らの縄張りにズカズカト入り込めば、返り討ちに合うのは必須。
あなたも、台所に他人が居れば何らかの防御活動を行うはずだ。
それと同じ状況なのだと、私は考えている。
じゃあ、お前も台所に入っているじゃん、と言われそうだが
私の場合、言い訳がましく聞こえるかもしれないが、インターホンを
鳴らしているイメージだ。
今から、ここに入りますよ、という感じ。
お陰様で、年に何度かはツキノワグマを見かけるが、襲撃された事は一度もない。
🍃 天然山椒の採取 注意事項
①トゲが非常に鋭いので、注意する
②全部採らない。木の負担を考え、1/3以下を目安に
③山椒の実には微量の毒性成分(キサントキシン)がある。食べすぎ注意
④採取は法的に問題のない場所で。国立公園内などは禁止区域あり
⑤アレルギー体質の方は花粉症と近縁の成分があるため、初回は少量から
イヌサンショウとの見分け方
― 似て非なる山の隣人
山椒採取で必ず出会う”偽物”の正体と、間違えないための3つのチェックポイント
イヌサンショウという存在 ― 山でよく出会う「似た木」
山椒を求め歩いていると、必ずと言っていいほど「あれ、山椒か?」
と思う木に出くわす。形がよく似ていて、葉を触るとうっすら山椒の香りもする。
でも、何かが違う。その「違和感の正体」がイヌサンショウだ。
イヌサンショウ(犬山椒)
——「イヌ」がつく植物名は、日本語で「本物に似ているが役に立たない」という意味だ。山椒に対して、香りが弱く料理に向かないとされてきたことがその由来で、なんとも気の毒な名前だと思う。でも、フィールドで本物の山椒と見分けられるかどうかは、採取をする者にとって必須の知識だ。
📌 「イヌ」のつく植物名について
植物の名前に「イヌ」がつくと「本物に似て非なるもの・役に立たないもの」
という意味になる慣習がある。イヌワラビ、イヌムギ、イヌタデ……
山を歩いていると「イヌ○○」によく出会う。ただし現代の植物学的な観点では、
それぞれが独立した価値を持つ植物であり、「役立たず」というのはあくまで
人間側から見た食用・利用の観点からの命名だ。
三者比較 ― サンショウ・イヌサンショウ・カラスザンショウ
実はこのエリアには、「山椒に似た木」がもう一種いる。
カラスザンショウだ。三者ともミカン科サンショウ属の仲間で、
まとめて覚えておくと現場での判断が格段に早くなる。
▼ 三者の特徴早見
| 山椒 サンショウ | 犬山椒 イヌサンショウ | 烏山椒 カラスサンショウ |
|---|---|---|
| トゲ 対生(茎に対になってついている) | トゲ 互生(バラバラ) | トゲ 互生(バラバラ) |
| 小葉の先が凹む・波打つ | 小葉の先が凹まず丸い | 小葉の先が尾状に長く伸びる |
| 香り 強い柑橘系 | 香り 山椒に比べ弱い 薬臭さ | 香り 山椒臭はイヌサンショウに比べ強い 薬臭さは無い |
| 開花 4〜5月 | 開花 8月 | 開花 7~8月 |
| 樹形 低木(大きくとも4mぐらいまで) | 樹形 小高木(5m越えもある) | 樹形 高木(かなり高い記録もあるらしい) |
| 葉 花 果実 など食用利用 木材としての活用もあり | 民間療法で使用されていたらしい (青椒) | 文献は見つからず なお本種は分類上、別種とする説有 |
現場での見分け方 ① ― トゲの向き
フィールドで最も素早く確認できる見分けポイントが「トゲの生え方」だ。
枝を一本手に取って(トゲに注意しながら)、トゲがどう並んでいるかを見る。
たったそれだけで、本物かどうかがわかる。
▼ トゲの生え方の違い
サンショウ(本物)
対生(たいせい)左右ペアで向かい合う
トゲが葉柄の付け根に左右ペアで対になって生える。
枝を横から見ると、必ず2本がセットで見える。
✓ これが本物のサイン。
イヌサンショウ(偽物)
互生(ごせい)上下交互にバラバラ
トゲが枝に上下交互にバラバラに生える。
ペアにならず、右から出たら次は左、という具合に不規則に見える。
ただし、完全に互生していない個体もあり、一部だけでは見分けがつかない
場合もある。また、ブランド山椒の朝倉品種はトゲが無い事が特徴だ。
現場での見分け方 ② ― 葉の形と先端
トゲの向きに加えて、小葉(複葉を構成する一枚一枚の葉)の形も確認すると確実だ。
特に葉の先端と縁の形が、両者で明確に違う。それでも見分けがつかなければ、最後は
葉を潰してみよう。
現場での見分け方 ③ ― 葉をちぎって香りを嗅げ
最後の最後は、鼻だ。
葉を一枚ちぎって、匂いを嗅ぐ。
山椒なら、あの鋭い柑橘系の青い香りが一気に広がる。
イヌサンショウは……うっすら山椒っぽいが、どこか薬臭くて、気持ちよくない。
言葉で説明するのは難しいが、一度本物の山椒の香りを体で覚えてしまえば、
違いはすぐにわかるようになる。最初のうちは、確実に本物とわかっている木の葉と
比べながら嗅ぐのが一番の近道だ。
▼ 香りの強さ・質の比較(体感値)
サンショウ(本物) 柑橘系・爽快 を100とするならば、
イヌサンショウ
弱・薬臭い 30
カラスザンショウ
山椒臭・独特 45
イヌサンショウはダメな木か? ― 私の見方
「役に立たない」とされてきたイヌサンショウだが、私は少し違う見方をしている。
確かに料理の香辛料としての実力は本物の山椒には及ばない。
香りが弱く、あのしびれも控えめだ。なんなら、けっこう臭い。
だから採取対象としては候補から外れる。
でも、実際のフィールドで「これはイヌサンショウだ」
と見分けられるようになった瞬間、山の見え方が変わった。
あの木とこの木は別物で、それぞれ異なる生態的な役割を担っている。
アゲハチョウの幼虫は、サンショウもイヌサンショウも食草として使う。
崩壊地や伐採跡にいち早く進出し、土壌を守るのはイヌサンショウやカラスザンショウの仕事だ。
本山椒はそこから、数年遅れて進出するイメージだ。
山の生き物に「役に立たない」ものはない、という話。
採取者として山に入るなら、そこまで知っておいたほうが山が面白くなる
のではないだろうか。
⚠ 毒性について
イヌサンショウに強い毒性はないとされており、果実は「青椒」という民間薬(咳止め・消炎)に使われてきた歴史もある。ただし、料理への使用は一般的ではなく、山椒と誤認して大量に摂取することは避けるべきだ。「食べられる」と「積極的に食べるべき」は別の話。山での採取においては、確実に同定できないものは採らない——これが基本だ。
そういえば、山の小話で物騒な物を1つ。
山椒の木は非常に硬く、乾燥させて擂粉木に使えるそうだ。
その硬さから、別名
嫁しばき
((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
なんて呼んでいた、地域があるとか、ないとか。

川村将紀(和牛うらい 店長)
兵庫・加古川で和牛を扱う肉職人。趣味の登山や・猟師として神河の山に入るうちに
天然山椒の採取にはまる。花山椒の佃煮・実山椒の醤油漬け・冷凍保存を毎年仕込む。
縄文時代から続くスパイスの奥深さに、まだまだ追いついていない実感。

