枝肉とは
枝の肉?ってなんだろう。
枝肉とは、皮や内臓を取り除き、正中線に沿って2分割した、骨付きの牛肉などの事を指す。
枝肉は屠畜場から始まる、全ての牛肉のスタートであり、枝肉の状態を経ずに食肉になる事はあり得ない。その枝肉は、主に競り形式で取引される。一番高い値段を付けた人に、購入する権利が与えられる。正確には、価格はホック値という、スタート時の価格があり、そこから取引市場により違うが、価格が順次上乗せされていき、一番最後まで値段を付けている人に、購入されるという仕組みである。
昔のお肉屋さんは、この枝肉単位が取引の基本だった。
取引形態は競り市場から仕入れたり、仲卸と取引を行ったり、屠畜場などで農家さんと直接取引を行ったりする。これは現在も残っている取引形態だが、基本はあくまで枝肉だった。
お肉屋さんの冷蔵庫は、分厚い打ちっぱなしのコンクリートで囲い、銅管の中を冷媒が走り空間を冷やす間接冷却方式の冷蔵庫だった。
冷蔵庫内の設定温度は0℃に保たれているが、実際はもっと激しい温度の上下動があり、0℃にするために―4℃の冷気を送り込むという感じのサーモスタットだったようだ。この温度を下げる際に、銅管の周りに大気中の水分が凍り付き、昇温時に電熱線で加熱され溶け、再び凍りつきというサイクルを繰り返し、冷蔵庫内の壁は一面氷で覆われていた状態だった。
銅管は冷蔵庫内壁を一定間隔で這わされ、製造には銅管を溶接したり、加熱して曲げたりとノウハウが多く、ヘアピンなどの別名で呼ばれていた様子。この銅管を傷つけると、そこから冷媒が漏れ出し冷蔵庫が冷えなくなってしまう。一面にびっしりとついている氷を、年に1.2度だけ溶かして綺麗にするのだが、氷の成長速度がこのサイクルに合わない場合は、ハンマーとポンチ等を用いて砕いていたそうだが、この際に銅管を破損させてしまう事も多々あったようだ。
ヘアピン冷蔵庫の霜取り、このサイクルがなかなか絶妙で、現代の直接冷却式冷蔵庫内は乾燥している場合が多いが、昇温時の電熱線による加熱で氷が溶けだし、その水蒸気が庫内に漂い高い湿度を保つ仕組みになっている。この低温、高湿な状態で骨付き肉を熟成させていると、ある時期を境目に豊潤な香りが漂ってくる。
品質の良いお肉を販売しているかは、この冷蔵庫(業界用語で枝庫という)を見れば(嗅げば)、直ぐにわかるという感じだった。骨付きの状態で冷蔵庫内に吊るされ、熟成させる方法は、
・吊るし
と呼ばれ、主な作用は大気中の酸素に枝肉表面についている菌が反応し、香気物質を作るという作用だ。こういった昔ながらの、いい匂いのする枝庫は今では少なくなった。現代ではこの方法を、乾式熟成、ドライエイジングと呼び区別して、独自の取組としてアピールしている事業者さんもいらっしゃる。
ところで、このドライエイジングで得られる香気成分は、加熱調理時に失われているというのはあまり知られていない。加熱時の香りはこの成分とは違う経路で生成され、牛肉の風味を形成しているのは興味深い現象だ。ただし、この風味を醸し出す肉は当然ながらとても美味しく、まあ消費者からすればどちらでも良い事だと思うが、あくまで肉のプロとして記しておく。
骨付きの状態で熟成させている枝肉を、必要な部位を大分割し、整形していくのが昔の肉屋。モモ肉から、ソトモモだけを取り外したり、ウチモモを起こして先に使用するといった、現代では考えられないノウハウで、枝肉から精肉化していたのだ。
骨付き肉から肉を切り出す作業は、”捌き”と呼ばれている。4寸程度の長さを持つ包丁を、自分側に引きつけながら骨に沿わして取り外す、という作業を骨1本ずつに対し行う。この捌き時の包丁の動きは、とても特異的で、刃を自らに向けながら作業を進めるという、危険と隣り合わせの行為は現代でも同じだ。
昔の職人さんのお話しの一部を、忘れないように備忘録としてこれからも作っていきたいと思う。