加工技術の中枢
肉屋の職人に必要な技術は色々とありますが、今回のお題、【筋引き】は加工技術の中枢を担う、重要な技術です。最近では肉磨きという名前の方が認知ありそうですが。
筋引きとは、部分肉と呼ばれている牛肉の各部位から、余分なスジや脂を取り除く作業です。この筋引きはそれぞれの肉屋でやり方が異なり、他店を見に行くといつも面白いと感じています。和牛うらいでは、出来る限り肉を付けずに筋だけを取り除く事を”是”としており、この点だけでも他店から見れば違うと感じる方もいるかと思います。
筋引きは部分肉を、自社の思い通りの製品にコントロールする重要な工程です。私自身、納得のいく仕上がりに達するまでに10年以上掛かりました。各部位ごとに難易度が異なり、複雑な筋引きが必要な部位程、習得するまでに年数がかかります。
写真のスジは、ソトヒラと呼ばれているモモ肉のスジの一部です。このように、赤身を出来る限り付けずにスジだけを取り除く事を目標とします。この筋引きを行うと、様々な利点があります。まず、筋肉部分に余計な包丁が入らないので、ドリップの流出を抑える事が出来ます。ドリップの流出は肉の重量を減らし、肉表面の色を劣化させ細菌の繁殖を招きます。
また、ブロック肉の状態の表面に、余分な切り目が入るとそのブロック肉を切断した時に、屑肉が発生します。屑肉は当然の事ながら、価値が下がり原価率の上昇を余儀なくさせます。
逆にスジを残して製品化すれば、歩留まりは向上し、余計な加工傷もつかないので良いかも知れませんが、スジが口に残ってしまい製品価値は下がってしまいます。では全てのスジを取り除くとなると、かなり細かい筋肉にまで分割されてしまい、これはまた原価率の上昇を招きます。なにより加工に従事する人件費がとてつもない額になってしまいます。
必要な筋引きの量を見極め、製品化するノウハウもこの筋引き技術の1つと言えるでしょう。また丁寧な仕事が求められますが、時間がかかり過ぎてはブロック肉の温度が上がってしまい、せっかくの丁寧な仕事を上回るデメリットが出てしまうので、美しい筋引きをいかに素早く部分肉に施せるかが、腕の見せ所となります。
さて、この筋引きですが職人の振るう包丁を介してしか、体験出来ない代物です。いつも教える時に色々と工夫してみるのですが、そう簡単には伝える事が出来ません。いかに考えながら、肉とスジが自身が施す変化、包丁から伝わってくる感覚を捉え続け、数をこなすしか技術承継が出来ず、毎回もどかしい思いをしています。
よく修業時代に言われたのが、「スジを取るんじゃない、スジを引くんや。だから筋引きや。」
当初、全く意味が解らず赤身がスジに付きまくる日々。これは肉を削ってスジを取っているに過ぎません。スジと筋肉の間にあるごくわずかな空間を、包丁の刃先で捉えスジを引く様にして除去する、この感覚を得られるまで随分と苦労しました。あと、スジを綺麗に除去したいが為に、肉に余分な力をかけ肉が裂けてしまうこともしばしば。スジも大事な商品ですが、あくまで肉を引き立たせる為に取り除くのであり、この辺りを高いレベルで実現出来るのが優れた職人と和牛うらいでは定義しています。
今なお、私自身も更なる技術の向上を目指しており、今の目標はスジと筋肉の間にある、ごく僅かな空間、ここには厚さ0.01mm程度の薄い膜がありますが、これを全て筋肉側に残した筋引きを目指しています。これを肉眼で見ると、何か光り輝いている、と判るのですが写真でお伝えしようと撮影したところ、上手く写す事が出来ず今回はご紹介を断念しました。
今回少しだけご紹介させて頂きました、肉屋の職人に必要な技術は他にも【脱骨】(捌き)やすき焼きやシャブシャブ、ステーキに焼肉といった製品に仕上げる【精肉化】などがあります。またの機会にご紹介できればと思います。
それでは今回はここまで。
最後までお読みいただき本当にありがとうございました!!