私がお肉の研究を行う理由
去る9月12日、神戸大学でセミナーがあった。最新の研究成果の発表や、周知の事実
であるが今の時代だからこそ大切な事、昨年度行われた国際会議の様子などを催し、
盛会に終了した。
私の様な、一介の職人が聞く内容ではないのだが、こういった演目は大好きだ。別に頭でっかち
になろうという訳ではない。こういった、先生方の研究を社会に広める役目が必要だと感じたと
いう事と、私たちの経験や技術を定義する際には、先生方のお力を借りなければならない、
という事実を受け入れたからだ。
そこで大学の先生とお付き合いを始める訳だが、まあ最初は退屈だった(笑)が、何度も足を
運ぶうちに最初は意味不明だった会話も少しずつ分かるようになり、先生方にセミナーに誘われ、
行ってみるとまあまた判らないがぶり返してくるのだが、それも回数を重ねる内に少しずつ理解
出来るようになり。
気が付けば、何故かよく大学に通うようになっていた。中学校すら、まともに通っていない
私がだ。どこでどう変わるのか、面白いもので社会に出てからの方が圧倒的に学ぶ必要が多い。
今では学びは私の秘かな楽しみの一つになっている。
JRA特別振興資金助成事業
令和5年度 黒毛和牛の低需要部位の魅力創出事業
【特別セミナー 国産食肉の新たな魅力の発見】
と、題し5公演、休憩中に協賛企業様の展示が行われ、その後に主要メンバーでの懇親会。
講師や座長は食肉研究の第一人者、錚々たるメンバーだ。
無論、私の介する場などない。
しかしながら今回のセミナーでは、私には重要な役割がある。

試食と評価
それは、休憩時間中に試食の準備をする事。しかも、講師の方に対してだ。休憩時間は20分。
調理場所はセミナー会場には無く、歩いて5分の加工場まで行かなければならなかった。
現場を見ながらコントロールするのであれば、なんてことの無いただ肉を美味しく焼くだけの
事であるが、見えない会場に対して、美味しさを保ちながら試食の意義を最大化するミッション
だった。
お肉の試食を、学術的に行う事は意外に難しい。ただ単に、1種類の肉を食べて評価するので
あれば簡単だが、異なるものを定数的に評価するには工夫が必要だ。更に今回は4種類の肉を
試食に供する必要があり、提供する順番や方法も私に一任されたため、なかなか苦労した。
今回の比較の目的は、包装材の違いによる食肉の変化を評価する事。包装材は私が懇意にさせて
頂いている、住友ベークライト株式会社のスキンパックフィルムを使用した。コントロール区は
酸素バリア性能の無いフィルム。対象区は酸素バリア性の高いフィルム。ここでの評価する項目は、
酸素の有る無しが肉にどのように影響するか、という点とした。
調理方法や時間、調味の程度を出来る限り揃え、美味しい内に提供するミッションは予定していた
方々に対しては無事に終わったのだが、追加で試食に参加した某大手メーカの試食者が予期せぬ答え
を、漏らす。
「まあでも、酸素バリア無い方が美味しいですよね~!」
あ。。。。。
これを試食に途中参加した、某メーカーのお偉いさまが拾う。
「そしたら、酸素バリア意味無いなぁ。」
試食、官能評価は美味しさだけを評価するわけではない。しかし、こういった他人の情報が
その場の評価や空気感、はたまた当初の目的そのものが変わってしまい、予期せぬ方へ進んで
しまう事がある。
さあ、どうしようか。
少し話を戻し、今回の試食に供した牛肉の諸元のお話しを。以下の内容で準備した。
・屠畜7日目の黒毛和牛
・ウチモモ サーロイン
・加工後、6mm厚にカットし一口サイズに。
・加工した検体をスキンパック包装。
・酸素バリア有り 酸素バリア無しでそれぞれをパック。
・パック後、急速凍結。翌日、神戸大学に搬送し、―50度の冷凍庫で3週間保管。
スキンパックフィルムが違う以外は、全く同一条件の牛肉で試験した訳であるが、この条件で
酸素バリア無しのお肉がなぜ、美味しいと感じたのか。それは主に、酸素の影響であると言える。
屠畜7日目で急速凍結しているので、お肉本来の柔らかさや風味はまだまだ出ていない日数。そこに、
―50度の環境で酸素が供給され、緩やかに酸化して香り成分が生まれ、その香りが美味しいの判定に
繋がったと先ほどの2人を始め、その場の方に説明。あともう3週間保存すれば、結果は変わるかも
しれない、解凍後に1週間チルド保存すれば、更に違いが出るであろうことも伝えておいた。
この説明が功を奏したのか、必死さが伝わったのか。何とか当初の目的は達する事が出来た。
場のコントロールは、なかなかに難しいなと感じた試食だった。
肉の事以外は、まるでダメな私だがこういった局面で役に立てて何より。
上機嫌で次の懇親会へ向かう事とした。

最後の写真は懇親会の記念写真。
1番ダンディーな方は、牛肉研究の重鎮、麻布大学名誉教授の坂田先生。
見た目以上にお茶目(笑)