捌き場
加古川には、全国的にみても非常に珍しい、牛肉の捌き(脱骨)加工だけ
請負う事を、主な事業としている会社がある。それも2社!
食肉センター併設、或いは卸売事業者が自社加工場を持つのはごく普遍的
だがこの加工だけを請け負う会社はとても希少な会社だ。
私は全国の肉屋を20年かけて見学に行っている。その経験の中でも見た事が
ない。昔はそれなりにあったそうだが、加古川でもこの30年ほどの間に加工専門
事業者さんは4社、会社を畳んでいる。また知り合いに私達の業界新聞記者がいる
のだが、その記者も本当に珍しいと言っていた。
その事業者さんは、加古川食肉センターの隣にあり、大樹商店さんという会社。
ここは私が捌きを修行させて頂いた、師匠の会社でもある。創業して現在30年ほどに
なる牛肉の加工専門会社で、ここの社長さんと番頭さんは小売や飲食店の経験も豊富に
されており、自社で加工した牛肉がどの様に使われているのかという、商流をよくご存じ
なので、実に細かな注文に対応してくる。そして、その加工技術も一流。
最近の牛部分肉は、取り扱い先の要望で加工する場合が多い。例えば、バラ肉などは
部位別に細かく切り分けて、柵状に加工しマニュアル化すれば、アルバイトやパートでも
焼肉が切り出せるような加工が施される。
こういった加工、ちょっとしたコツや気遣い、心配りが後の作業にとても繋がる。
次の作業者が仕事しやすい加工、肉を無駄にしない加工には、その先を知っていなければ
実現できない。加工のみでやっていけているのは、この辺りの技術の違いが支持されている
証拠だろう。
もちろん、大手メーカーでも加工は受けてもらえるが、なかなかこうはいかない。
それは、立体的な肉に対し、直線で構成されている包丁で、加工を施す難しさに
起因する。ただ、真上から包丁を入れるのか、肉を起こし斜めに、筋肉の分かれ目に沿って
包丁を入れるかで最終の歩留まりは雲泥の差だ。
こういった点が職人の技術と言える。また、この作業を信じられないぐらい早く処理出来る
点も見逃せない。加工屋さんは処理した数=収入となり、いかに限られた時間で処理するかが
重要になる。この点、私が勤めている肉屋は少し違い、社員が処理するのならば牛1頭から
どれだけお肉を取れるかがカギになるので、時間はしっかりかける。
先ほども少し触れたが、加工を専門にされている事業者の収入は、処理した数になる。
これはkg辺りの単価か、牛1頭単価のどちらかになるがいずれにせよ、処理数は収入に
直結する。自社で加工する場合も同じ考えが言えるだろう。
捌きとは、骨や余分な脂肪を取り除き、部分肉に切り出す作業だが、早く処理すれば
するほど骨に肉がつき、産肉量(歩留)は低下する。歩留まりは黒毛和牛の場合、おおよそ
74%程度といわれているが、仮に1頭100万円の牛の歩留まりが1%変われば、それは1万円の
価値になる。
とても大きな金額だが、これも処理頭数を上げれば人件費でカバーできてしまい、残念ながら
大手さんではこちらの価値観が大きいように思う。この歩留まりだが、私の肌感覚では大樹商店
さんは1%以上違う。同じ処理時間でも、それだけ違いを出せるのは、磨き抜かれた技術の産物
だろう。せっかく頂いた命を、無駄にしない為にもここは大切にしていきたい所だ。
さて、お肉屋さんが牛の捌きを自社で行う場合はというと、処理頭数で稼ぐというより、究極
まで骨に肉を付けない方が良い場合が多い。私達のように、牛1頭買いをする肉屋では恐らくこの
考えで取り組まれているはずだ。そうすると歩留まりは更に上がり、私たちの平均は77%ほどに
なる。その分、時間は倍ほどかかるが社員が残業しない程度に抑えれば、加工に伴う人件費は
固定費となり、故に産肉量を追求するとなる。
これは経済的な観点での意見だが、最も大切なのは頂いた命を無駄にしない、という事は改めて
触れておきたい。肉を扱うものは、この思いを常に持ち続けて向き合う必要があると私は考えている。
当然の責任だ。
この捌きの次の工程が、小売店、お肉屋さんの出番となる。次の場所は志方の名店、
大浦ミートさんを訪ねた。
次回へ続く。