肉屋の職人が思う屈託の無い意見
先日、出張中に立ち寄った飲食店で牛肉を食す機会がありました。いわゆる肉バル業態のお店で、スタッフさんに「お勧めは何ですか?」と伺うと、「こちらのミスジがお勧めです!希少部位ですよ♪」とご案内頂きました。焼き加減をミディアムでお願いして、美味しく頂きました。牛肉のブランドは、宮崎県産の≪尾崎牛≫。国内流通の少ないブランド牛で、首都圏のこだわった飲食店で良く見かけるブランド牛です。個体識別番号を伺うと、少し怪訝そうな顔でご対応頂きました。わかりますよ、私も同じことを聞かれたら、「何者?」となりますね。
なるほど、希少部位か、、、
希少の定義
そもそも希少部位の希少の定義とはどのような基準でしょうか。よく聞くセールストークとしては、
「牛1頭から○○kgしか取れないんですよ。」
なるほど、1頭辺りの産出量でしょうか。他に考えられるのはその場所(店舗や業界)における流通量なども関与しそうです。
さて、先述のミスジですがこれは業界内の部位名で、カタ肉の一部分であり、前脚を構成している筋肉となります。解剖学で言う処の筋肉名は、大円筋と言います。この大円筋の構成比が、牛1頭辺りの産出量として、どうなのでしょうか。
そもそも希少なのか
近年の平均的な黒毛和牛の枝肉重量は500kgに達しますが、(去勢牛)私の肌感覚的なものと、自社での取り扱いが無い事から雌牛で計算してみたいと思います。雌牛の枝肉平均重量は450kg。ここから大円筋はおよそ5kgほど産出され、450÷5でその構成比率は1.1%、おお!これは貴重な筋肉という事で、希少部位と呼べるのではないでしょうか。
他の筋肉も調べてみましょう。皆様大好きなハラミ、この筋肉名は横隔膜で、流通上の特色としては内と外に分かれて流通しています。さあ、この横隔膜は4.5kgほどとなりますので、1%となりました。ハラミも希少な部位と判りました。
次はステーキの王様、サーロインを調べてみましょう。サーロインは流通名で、複数の筋肉が構成していますが一番多い筋肉は最長筋(胸・背・腰)といいまして、この筋肉は1頭から24kgは産出されます。えーと、これは450÷12で5.2%。どうやらミスジやハラミと比べて貴重では無いようです。
それではヘレはどうでしょうか。ヘレと言えば赤身肉の王様ですね!ヘレは腸骨筋と大腰筋、小腰筋の総称です。一番構成比が多いのは大腰筋ですので、これは1頭辺り4kgほど産出されます。これもミスジと同じ様な0.9%!希少ですね。もう少し続けてみましょう。
モモ肉(大腿筋 ハムストリング)はどうでしょうか。大腿筋は大腿(ふともも)の総称で、8つの筋肉が構成しています。その中で最も大きな筋肉は、大腿二頭筋と呼ばれ、部位名でいうとイチボになります。このイチボ、焼肉屋さんで希少部位と呼ばれており、その産出量は!驚異の!
8kg。1.8%。うーん、余り希少で無い構成比となりました。
勘の言い方はそろそろお気づきになるかもしれませんが、筋肉はかなり細かく分ける事が出来てしまい、その産出量だけで希少性を決めてしまうと、ほとんど全ての筋肉が希少部位になってしまいます。また、ステーキの王様、サーロインを構成している最長筋に至っては、実は牛肉中最大の筋肉となり、あの柔らかく美味しい部位が実は一番普遍的価値という面白い状態となります。
じゃあ、何が希少なのか
これは、同じ筋肉であっても硬さやジューシーさ(多汁性)が部位ごとに異なり、その差が希少性に関わると言えます。例えば先ほどの大腿二頭筋は、イチボとソトヒラという2つの部位に跨りソトヒラ側はとても固い筋肉となり、イチボはその真逆な、柔らかくきめ細かな繊維質が楽しめる部位となります。このように同じ筋肉でも、部位が異なるとその性質は大きく異なり、じゃあ希少部位はその名前の通りだよね、という結論に達します。
しかしながら、ここで1つ注意して頂きたいのは、それはどの筋肉でも同じような結果になるという点です。ミスジという部位名の大円筋も、素晴らしい霜降でステーキに耐えうるのはその筋肉の半分もありません。そして大円筋の1/3に関して言えば、煮込み向けになるという事実。更にもう一点プロならではの視点を加えるとすれば、その場での流通量です。
これは1例ですが、季節により需要が変化する場合。例えばカタ肉は冬場は鍋需要で、すき焼きやしゃぶしゃぶ用の原料肉として重宝されますが、夏場は売れません。よって夏場は需要の高い焼肉商材を満たすために、ミスジをウデ肉から分離して付加価値を付けて販売するという感じです。残ったカタ肉からはもう少し焼肉商材を産出させ(クリ、フケなど)最後に残った肉は切り落としの材料となります。切り落としは当然のことながら販売価格は安いので、ミスジで利益を上げなければいけません。このようにして生み出される希少部位もあるのです。
次に年間を通しての受給バランスから見てみましょう。ハラミ、カイノミ、ササニクは焼肉商材として大人気です。当店でも予約で完売の時期が少なくありませんが、これらの人気部位は全てバラ肉より産出されますが、ハラミは1頭で4kgほど、カイノミは3kgほど、ササニクは2kgほどとなります。産出量自体はそこまで少なくないと言えますが、需要に対し供給が追い付いていない状況により、希少部位となってしまいます。
因みに、ハラミなどを取り除いたバラは、当店ではバラカルビという名称で販売しておりますが、牛1頭から産出される量は10kgほど。希少部位と合計重量はさほど変りませんが、なかなか受給バランスは取れませんねぇ(笑)
結局のところの希少部位とは(・・?
様々な要因があって希少を醸し出している、というのが僕の持論です。
希少と言えばこんな部位も希少
これは二の腕と呼ばれている部位。肩チマキの中の一部分ですが、筋が取り巻いておりややこしい部位です。ところがこいつの筋を丁寧に取り除いていくと、こんな感じに仕上がり、この肉はめちゃ柔らかいです。因みに牛1頭から1kg取れるか取れないか、という感じの希少部位vv
後は肉ではありませんがこいつも構成比からしたら希少。
皆様が大好きなスジ(^^♪
ここまでお読みいただき本当にありがとうございました!!