本稿はモモ肉の一部である、ウチモモ(ウチヒラ)を磨く手順を示す回である。
動画で行えば、圧倒的にかつ解りやすく紹介できるにも関らず、敢えて活字で
行う意義(?)を問う回となりそうな予感。
ウチモモとは、最も牛肉中で最も赤身な部位の1つで、肉職人であれば
殆どの方が扱った事のある部位のはずである。現代の肉屋では、枝肉や
フルセット仕入れを行わない企業が殆どなので、もしかすると触った事が
無い方も居るかもしれないが、使いこなせばとても良い商材となるので
是非、手に取って頂きウチモモの魅力を存分に感じて頂きたい。
なお、輸入品だとトップラウンドが同等の部位となる。

磨く前の姿。

ここから磨き始める。
初めにお断りしておくが、この方法はうらい式の方法であり、それぞれ属する
企業などにより正解は異なる場合が多々ある事を述べておく。
先ずは表面の脂を剥いでいく。

向きは写真の通りにおく。
磨き始める前の準備
肉を磨く、筋引きを行う際に、肉をまな板の上に置く位置や向き、作業にあたり
身体の向き合い方は非常に重要だ。この佇まい一つで仕事の出来る職人かどうかが
瞬時に解ると言って過言ではない。それほど重要なのだ。
そして同じぐらい重要なのが、まな板の上の状態。
今回の項での写真による紹介はしていないが、整理整頓されていて
作業に関係の無いものが無い状態が正解だ。但し、私が所属している様な
小売店で働いている方はお客様の注文などによる都合により、作業が中断
したり他の部位がまな板上に乗る事もあるだろう。
そうした場合であればなおの事、そういった初期状態が重要となる。
良い仕事は、段取りで8割決まる。
雑多としたまな板で仕事する者は、職員の域に達していないと言えるだろう。

少し話が逸れてしまったので元に戻そう。
表面の脂を除去する際は、下に隠れている薄い筋(うらいではアマカワと呼ぶ)
に対し、直角になるように包丁を入れていく。筋引きの腹、中間部分を使い身体から
遠ざかる様にして包丁を入れていくと写真の様に脂が剥がれてくる。
ここを一気呵成にヒラカワまで包丁を入れて、脂の除去をする職人が多いと思うが、
その場合は歩留まりの低下や筋の産出量が減るので、うらいでは手間はかかるがこの
方法を用いている。

全て脂を剥がしたら、ウチモモの薄い方から包丁をアマカワに対し直角になる様に
入れて磨き始める。通常の筋より薄いので、力加減は慎重に行う。引く動作よりも、
スライドさせながら剥離させていく事をイメージすると肉をこそがずこのように薄い
筋でも美しく磨く事が出来るはずだ。

ヒラカワ部分が終了したら、腰骨に接している周りや芯付近に着手する。
ここではあくまで次の作業がしやすいように、この時に全て磨き切らない。
ヒラカワを剥がしてからの方が、この周りは美しく仕上げる事が出来るはずだ。



次に内側を磨いていく。まずは写真の場合、向かって右側の奥側から
始めるのがうらいのセオリー。銀色の筋が見えると包丁を入れたくなるのが
職人あるあるだと思うが、ここでは上部の所謂ソトモモのハバキと接している
面に包丁を入れるまでに、出来る限りと言わずに必ず、その他の部分を磨き
終えている事が次へと繋がる事となる。


右側が磨き終われば、ここでちょっと細工を仕掛ける。ヒラカワを本体から
裏返している時に、脂を本体側に残す様にしながら先端5cm程度を剥がして
おくのだ。ここは非常に薄く、仮にウチモモの締まりが無いような牛と対する
場合など、後に行う脂の除去とスジ引きに大きく貢献する。

次は写真でいう奥側、コヒラの周りを磨く。
コヒラはウチモモの中で最も柔らかい場所だ。その分、身も削れやすいので
注意を払いながら磨こう。うらいの手順では、まず表面の脂と血管の除去。

次にメガネの半分(腰骨と接している面)、コヒラの上についている肉、
マルカワとの接地面にある肉(うらいではミミと呼ぶ)の順に剥がす。
ミミを外すと更に血管が入り込んでいるので、これも下にあるウチモモ
本体に傷がつかぬよう、除去する。







これらが終われば、中央の血管を除去する為に肉に切り込みを入れる。
血管が露出したら、周りを含めしっかりと除去しておく。ここまでで
ウチモモ本体は終了だ。

さて、次にヒラカワを剥がすのだが、この手順が私とうらい式で異なる。
多くの場合、体表面側からアプローチするかと思うが、私は内側から
剥がす。つまり、コヒラから分離し始め、そのままヒラカワまでを剥く、
と言う方法だ。今回の紹介もその方式となる。
この方法の利点は脂をウチモモ本体にしっかりと残せること。つまり、
ヒラカワを磨く際に起こりがちな、脂を除去しきれない、や
除去の最中に肉を大きく削り取ってしまう、などという失敗が起こりにくい
などがある。注意点としてはいきなり柔らかいコヒラに接するので、スジや
肉が裂けたりする事がある点が挙げられる。
コヒラをウチモモ本体から剥がすときに、本体部分に脂を残す事は先ほど
申し上げたが、非常に重要な考え方であるので2度、書いた。
対象が小さくなればなるほど、作業の精度を上げるのは難しくなる。
ヒラカワの分離が終了したら、まずウチモモ本体の磨きに係る。

ここでもアマカワが大部分を占めるので、まずは表面の脂をアマカワ
に対し直角に包丁を入れていき除去する。高い場所から低い場所へ、
中心から外部に向かい一定方向に磨く。脂の除去が終われば次はアマカワを
磨く。ここも包丁はアマカワに対し直角に入れていく。引くのではなく、
スライドさせながら、かつ包丁の鋭さを活かして磨く。
筋引き、肉磨きに使う包丁だが、切れ味は抜群な状態で挑んで欲しい。
「スジが切れる。」「怪我が怖い。」なんて事を言っている内は、一流の
肉職人にはなれない。大前提として、切れる包丁に、切れる腕がなければ
肉を活かしきる事は出来ないのだ。



さて、アマカワ部分を除去し終えたら、次はウチヒラの芯部分を包む
スジを磨く。内側を磨く際に半分、引き終えている状態の写真になっている
が私はこの順番で磨く様にしている。手間だが最も肉を削らない方法だと
現段階では実感している。そういう経緯でこの順番であるのだが、これで
本体の磨きは終了となる。






それではいよいよヒラカワだ。コヒラとそこに近い部分は厚みがあるので
ある程度、磨きやすいのだが端はかなり薄くなっていて、1cmにも満たない
平べったい肉に対し、包丁を入れて美しく磨く必要がある。小さな、1kg強
ほどのヒラカワだが、これを理想的に磨き上げれる肉職人は、さほどいないだろう。
さて、ヒラカワに対する初手は残存する脂の除去からだ。その後、アマカワを
注意深く取り除き、最後に先端のスジを磨き、コヒラを分離してコヒラを磨き
終了となる。


取り外したオプション類も丁寧に磨こう。(オプションとは、メガネなどの事。
うらいでは取り外した小肉をそう呼んでいる。ここは専ら小肉や切り落とし材料になる
場合が殆どだと思われるが、基本に忠実に美しく磨く。

時に切り落としは、殆どの小売店にとって最も多くのお客様に購買して頂く
製品であろう。つまり、ここの品質が低ければ、それが貴方の所属する会社の
評価になると言っても大げさでは無いのでないだろうか。
「あそこのお店、切り落としは最悪だけど他のスライスはめちゃレベル高いよね!」
なーんて評価をして下さる方はそういまい。飲食店や焼肉店さん等であれば、メガネ
やミミは最もお買い得な○○カルビなんて名前で販売されるはずだ。この○○カルビ
も、多くのお客様に接しているはずで、我々と同様の考え方で接している方が、自店
の成長に困らないであろう。

ここまで、活字と写真で1つの部位の磨きを書き上げた事は無かったが、何とか
終える事が出来た。最後までお読みいただいた、肉に熱心な貴方に敬意を表し、
本項は終了するものと致します。
ありがとうございました。